【研究成果・共同プレスリリース】幻の素粒子"マヨラナ粒子"の 量子テレポーテーション現象を解明―トポロジカル量子コンピュータの実現へ道―
2023.12.06
幻の素粒子"マヨラナ粒子"の量子テレポーテーション現象を解明―トポロジカル量子コンピュータの実現へ道―
研究成果のポイント
- マヨラナ粒子は未だ実存証明されていない素粒子ですが、特殊な磁性絶縁体中では、強い量子もつれ状態として実現することが予言されていたものの、それを実験で測定する方法は不明でした。
- 今回、理論解析と数値シミュレーションによって、マヨラナ粒子の量子もつれを利用した量子テレポーテーション現象を解明し、電気的に測定可能であることを示しました。
- 上記の測定は、物質中のマヨラナ粒子の実存証明を与えます。また、マヨラナ粒子を用いたトポロジカル量子コンピュータの実現への道を切り開きます。
概要
大阪大学大学院基礎工学研究科の大学院生 高橋雅大さん、水島健准教授、藤本聡教授、東京大学大学院理学系研究科の山田昌彦特任講師、学習院大学理学部物理学科の宇田川将文教授からなる研究チームが、特殊な磁性体中に存在するマヨラナ粒子※1の量子もつれ※2を利用した、量子テレポーテーション現象※3(図1)を理論的に解明しました。
図1. 量子テレポーテーション現象の模式図。物質中のマヨラナ粒子(黄色丸)は量子もつれ状態を形成し、電子スピン(2つの太い矢印)の量子テレポーテーション現象をもたらす。
素粒子の1つとして1937年に理論提案されたマヨラナ粒子は、実験的には未発見の幻の粒子です。近年、特殊な磁性絶縁体中にマヨラナ粒子が出現する可能性が指摘され、物質中のマヨラナ粒子※4の探索が盛んに行われています。これまで、物質中のマヨラナ粒子は強い量子もつれ状態にあると知られていましたが、それを実験的に測定する方法は不明でした。
今回、解析的な理論計算と数値シミュレーションを組み合わせることで、物質中のマヨラナ粒子の量子もつれを介して、遠く離れた2つの電子スピン※5が互いに情報をやりとりする量子テレポーテーション現象が起こることを解明し、さらに特殊な顕微鏡を用いてこの現象が電気的に測定可能であることを示しました。この測定は、物質中のマヨラナ粒子の探索や、物質中のマヨラナ粒子を用いたトポロジカル量子コンピュータ※6の実現に貢献することができます。
研究の背景
特殊な磁性絶縁体でのマヨラナ粒子の出現可能性は2006年に理論的に提案され、2009年に具体的な候補物質が見つかって以降、世界中で磁性体中のマヨラナ粒子の探索が行われてきました。近年、候補物質の塩化ルテニウム(α-RuCl3)でのさまざまな実験によって、マヨラナ粒子が存在する間接的な証拠が積み上げられたことで、本物質中でのマヨラナ粒子発見の機運が高まっています。しかしながらマヨラナ粒子の発見にはマヨラナ粒子固有の物理現象を直接測定する必要があります。
また、物質中のマヨラナ粒子は、トポロジカル量子コンピュータ実現のワイルドカードになると期待されています。日進月歩の勢いで開発が行われている従来の量子コンピュータは、一般に、外部環境からのノイズに非常に敏感で、量子情報をいかにしてノイズから保護するかが重要な課題となっています。他方、マヨラナ粒子を用いたトポロジカル量子コンピュータは量子情報を保護する機構を内在的に保有するため、上記の課題を根本的に克服できると考えられています。したがって、理想的な量子コンピュータの長期開発計画において、物質中のマヨラナ粒子の発見は重要な転換点となります。
研究の内容
今回の研究では、量子もつれ状態を作るマヨラナ粒子は、外部磁場がある場合、磁性絶縁体上にある欠陥(点欠陥)に束縛される性質があることを利用し、複数の点欠陥がある場合についてマヨラナ粒子が現れる模型を理論的に考察しました(図2(a))。その結果、点欠陥に強く束縛されたマヨラナ粒子の量子もつれを反映した量子テレポーテーション現象が、点欠陥に隣接した電子スピン間に現れることを解明し、相対距離に依存しないことを定量的に評価しました(図2(b))。次に電子スピンの量子テレポーテーション現象が走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いた電気伝導度測定(図2(c))によって検出可能であることを数値シミュレーションによって示しました。点欠陥にマヨラナ粒子が束縛される場合、電気伝導度は非ゼロの値を取り、マヨラナ粒子が存在しない場合はゼロになります。
図2.(a)今回の研究で取り扱った理論模型。遠く離れた2地点に点欠陥が導入され、量子もつれ状態を形成するマヨラナ粒子がそれぞれに束縛されている。点欠陥に隣接したスピンサイトをjA, jBと名付ける。Lはシステムの大きさ。(b)量子テレポーテーション現象のシミュレーション結果。横軸は導入される点欠陥間の相対距離、縦軸は量子テレポーテーション現象の大きさ(非局所スピン相関)を表す。相対距離が大きくなっても非局所スピン相関は単調に減少することなく、ほぼ一定の値を取り続けることが確認できる。|h|は外部磁場の大きさ。(c)量子テレポーテーション現象を測定できる実験セットアップ。点欠陥に束縛されたマヨラナ粒子の量子もつれによって、電気伝導度が有限になる。STMのトンネル電流を利用するため、磁性絶縁体は伝導基盤上に接合する。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は点欠陥に束縛された物質中のマヨラナ粒子の量子もつれ状態が、どのように観測されるかを明らかにしました。今後、本研究で理論的に提案した電気伝導度測定を行うことで、候補物質α-RuCl3等の特殊な磁性絶縁体中のマヨラナ粒子を検出できると期待されます。また、点欠陥に束縛されたマヨラナ粒子は環境ノイズに対して耐性を持つ量子ビット※7の構成要素になるため、トポロジカル量子コンピュータの実現に向けて、重要なステップとなります。
特記事項
本研究成果は2023年12月5日付けで、米国科学誌 Physical Review Lettersにオンライン掲載されました。
タイトル: Nonlocal Spin Correlation as a Signature of Ising Anyons Trapped in Vacancies of the Kitaev Spin Liquid
著者名: M. O. Takahashi, M. G. Yamada, M. Udagawa, T. Mizushima, and S. Fujimoto
DOI: 10.1103/PhysRevLett.131.236701
なお、本研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「量子スピン液体におけるトポロジカル準粒子の解明と直接検出」[JPMJCR19T5]、科学研究費補助金[JP20K03860、 JP20H01857、JP20H05655、JP21H01039、JP22K14005、JP22H01147、JP22H01221、JP22J20066]等の助成を受けて行われました。
用語説明
※1 マヨラナ粒子
電気的に中性で、粒子と反粒子が同一という性質を持つ不思議な素粒子。その存在は古くは1937年から理論的に予測されるが、まだ実験的に確認されていないため、その実在証明は素粒子物理学や固体物理学において重要な未解決課題である。
※2 量子もつれ
量子力学の重要な現象の1つで、2つ以上の粒子が相互に強く結びついて、1つの状態を共有する現象のこと。これは、古典的な物理学では説明できない、非常に奇妙で特殊な現象である。量子テレポーテーション現象も量子もつれによって引き起こされる。
※3 量子テレポーテーション現象
量子力学の現象の1つで、情報や量子状態を1つの場所から別の場所へ瞬時に転送するプロセス。量子通信や量子コンピューティングにおいて重要な要素として考えられる。
※4 物質中のマヨラナ粒子
物質中で量子もつれ状態を実現するマヨラナ粒子はエネルギーがゼロの状態のものを指し、厳密には素粒子論で語られるマヨラナ粒子とは区別される。物質中のマヨラナ粒子は試料内部(バルク)のトポロジーによって守られる特別な状態で、新しい量子ビットの構成要素として期待される。
※5 電子スピン
電子が持つ基本的性質の1つ。物質中では小さな磁石のように振る舞い、周囲の電子スピンと連携することで多様な磁性(磁気特性)を生む。
※6 トポロジカル量子コンピュータ
これまでの量子コンピュータとはまったく異なる物理系を用いて量子計算を行う次世代型量子コンピュータ。トポロジカルな性質は周囲の環境が多少変化しても変わらないため、本質的にエラーを起こしにくいと期待される。
※7 量子ビット
古典的なコンピュータの基本的な情報単位であるビットに類似した概念で量子力学の原理に基づいて動作する情報の最小単位。古典的なビットが0または1の2つの状態を持つのに対し、量子ビットはこれらの状態だけでなく、これらの状態の重ね合わせを持つ。