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宇宙ビジネスのルールを法律で作る

小塚 荘一郎 教授 2019.07.08 法学部法学科

会社法の専門家が、宇宙法に関わる

大貫 今回、小塚先生には宇宙法のお話を伺いますが、その前に先生は法学部で教鞭をとる先生でいらっしゃいますね。どのような授業をしているのですか?
小塚 会社法や商法を教えています。コーポレートガバナンスや株式の発行といった話です。
大貫 学生の頃から会社法や商法を専門にしていたのでしょうか。
小塚

最初に興味を持ったのは、法律を経済学的に分析することでした。実は私は法律学そのものはどうも好きになれずにいて、少し違う角度から考えてみることが非常に面白いと気付いたのです。経済学の観点から法律を見ると、すっきりと見通せて気持ちが良い。

たとえば裁判は、一見、裁判官が個人的な判断で決めているかのようにも見えますよね。どうしてこの結論の判決になるのか、判例などをふまえても割り切れない感じがします。ところが経済学的に考えると、法律を変えると世の中に新しいビジネスができて、経済が活性化する。逆に、責任を明確化することでリスクを管理できる。そういった分析ができるので、これは非常に面白いなと。

大貫 なるほど。私は理系の人間なので、科学の法則が決まると仕組みが理解できるという理系の考えと、法律の考えはよく似ている気がしました。そこから宇宙法に関わるようになったきっかけは何だったのでしょうか。
小塚 実は結構、偶然だったのです。2001年に、ビジネス法に関するある国際会議に出ていたのですが、その国際組織が今度、宇宙に関する条約を作りたいので、日本の専門家を紹介して欲しいと言われたのです。私は当時、宇宙法など何も知らなかったので、国内の商社やメーカーなどに聞いてみたのですが、やはり国際会議に出るのはハードルが高いと断られて。とりあえず代打で出て、様子がわかったら交代してもらうつもりで始めたのですが、いつのまにか毎試合スタメンで出場している感じですよ。

軍備管理の宇宙条約、宇宙民営化時代の宇宙活動法

宇宙法入門の書籍

大貫 宇宙に関する条約と言えば、まず思い浮かぶのは、宇宙での軍事活動を禁止した宇宙条約ですね。
小塚 そうですね。1963年の国連総会決議を経て、1967年に宇宙条約が作られています。1960年代はまさに米ソの宇宙開発競争の時代で、それが宇宙における軍備拡張、もっと言えば宇宙戦争に至るおそれがあった。ですから宇宙条約は宇宙を領土にしてはいけないとか、大量破壊兵器を配備してはいけないとか、明らかに軍備管理を目的とした軍縮条約であったわけです。
大貫 宇宙ビジネスに関する条約はなかったのでしょうか。
小塚 宇宙条約に企業活動の余地がないわけではないのですが、そこに主眼を置いたものではありませんでした。ターニングポイントになったのは、2001年のインテルサット(国際電気通信衛星機構、1964年成立)民営化です。
大貫 2001年は、小塚先生が宇宙法に関わり始めた年ですね。
小塚 そうです。1999年にUNISPACE3(第3期国連宇宙応用計画)の会合があって、民間商業時代の宇宙活動に即した宇宙法の在り方はどういうものか、が大きなテーマになっていました。今まで国際組織で行われてきた衛星通信事業が民間企業になり、収益活動をするとなると、本当の意味で宇宙活動がビジネスになる、という認識が欧米の宇宙法学者の中で非常に高まっていった。当時、私は何も知らないで飛び込んだのですけど、実はちょうどそういうターニングポイントだったのですね。しかし、既にある宇宙条約を変えるのは難しいので、各国で宇宙活動法を作ろうという考え方になりました。
大貫  宇宙条約を土台にして国内法を加えるという形で、現在の宇宙法の体系ができていると考えて良いのでしょうか。
小塚  そういうことです。これが宇宙法の非常に面白いところで、国内法で補うことで宇宙条約が想定していなかった企業活動ができるようになる。条約上は国家が宇宙活動の中心だけれども、国内法で企業の宇宙活動を許可制度にして、国の名義を借りる形式で宇宙条約に落とし込む体制が完成していきます。アメリカは1984年に民間企業が宇宙ロケットを打ち上げる商業打ち上げ法を作っていますが、2000年代にはヨーロッパを中心に法整備され、少し遅れて日本でも宇宙活動法が成立しました。
大貫  日本の宇宙活動法の制定に際しては、先生はどのような関わりがあったのですか。
小塚 日本の民間宇宙活動について規定した宇宙活動法は、(一社)日本航空宇宙工業会(SJAC)が中心になって民間の要望をまとめて提案しました。その際にSJACの文案作成に協力しています。また政府の宇宙政策委員会(宇宙法制小委員会)の委員にもなりましたが、その立場のときは国全体としてのあるべき姿を考えています。産業を振興して欲しい側と規制する側、両面から複眼的に物事を見ることができて、個人的には非常に良い経験だったと思います。

宇宙ビジネスに適用される宇宙法の範囲

小塚 荘一郎 教授

大貫 宇宙活動法は宇宙での民間活動を定めている法律ですが、そもそもどこからが宇宙なのでしょうか。一般には高度100kmの「カーマン・ライン」が地球と宇宙の境目と言われていますが、高度50マイル(約80km)と言う人もいます。
小塚

そこがはっきりしないわけですよ。これが宇宙法の不思議なところで、宇宙空間とか宇宙活動とか言いながら宇宙空間の範囲は50年間ずっと議論され続けているのに決まらない。これでよく、法律ができるなと思うんですけれど(笑)。

日本の法律では、地球周回軌道に乗るかどうかを基準にしています。地球を1周でも周回すれば宇宙活動です。法律的には、罰則があるのに高さを書かないのはおかしいという意見もあったのですが、これは書かないよう理解してもらいました。日本が法律に明記してしまうと、国際的に続いている議論に一定の影響を与えてしまうので、それはすべきでないと。

大貫 ロケットや人工衛星の製造も、宇宙活動法の対象ですか?
小塚

日本の宇宙法では、製造は規律していません。国によっては規制しているところもありますが、日本は基本的に自由主義国ですから、規制するには規制しなければならない理由が必要なのですね。

打ち上げが失敗して墜落すれば、地上に被害を及ぼす恐れもあります。条約で宇宙活動には国家が責任を負っているので、民間企業がしたことでも国家の活動とみなされる。そういう活動だけを規律しているというのが日本の考え方です。

責任にはレスポンシビリティ(responsibility)とライアビリティ(liability)があります。本当に事故が起きて地上に損害を与えたときの賠償責任は、ライアビリティと言います。レスポンシビリティはもっと範囲が広くて、責任を持って監督し、危険そうならやめさせるといったこともレスポンシビリティに含まれます。法律家はこの区別をしっかりします


宇宙ビジネスの変化に対応する宇宙法

大貫氏と小塚教授

大貫 民間宇宙活動は国内法で規律するということですが、先生が2001年に最初に携わったのは国際会議ですから、このときのテーマは国際法ですよね。
小塚

宇宙資産議定書というものです。宇宙物体、主に人工衛星に抵当権などを設定できるという条約です。

抵当権とは要するに、担保です。お金を貸したが返済されなかった場合、最終的にはこれを差し押さえますよという根拠になる権利ですね。これがないと、お金を貸す人はきちんとお金を返してくれるのか不安で仕方がない。

家をローンで買うと、土地や建物に抵当権が設定されます。不動産のほかにも自動車、船、航空機には抵当権を設定することができるので、これでお金を借りて買うことができるわけです。本当にお金が払えなくなるときは倒産状態ですから、お金を貸した人がおおぜい出てきます。みなで取り合いになったとき、抵当権が設定されていれば優先して差し押さえることができます。

この抵当権を人工衛星にも設定できるようにするのが宇宙資産議定書なのですが、実はまだ発効していないので、現在は設定できません。

大貫 宇宙ビジネスに必要だから制定した議定書なのに、発効していないと困るのではないですか?
小塚 宇宙ビジネスの側が変わってしまいました。2001年の時点では、インテルサットのような国際組織の民営化を想定していたのですが、その後の新興宇宙企業、いわゆるニュースペースは従来の発想とは違っていました。成功するかどうかわからないビジネスは、銀行の融資ではなく、投資家の投資の対象なのです。投資のお金は無くなっても仕方がないお金ですから抵当権は必要ない。そういった変化が、まだ宇宙資産議定書が効力を発生していない理由だと思います。
大貫 でも、これから宇宙ビジネスが発展していくと、普通の企業のように融資が必要になることもあるのではないでしょうか。
小塚 ええ、そういう意味で今は非常に面白い時期なんですね。人工衛星も、スマートフォンのアプリのように、ソフトウェアを変えると別の用途に使えるといった技術が出てきています。あと10年、20年して宇宙ビジネスが成熟してくると、航空会社にとっての航空機のように、衛星をリースしたり転売したりする時代が来るかもしれません。

国際宇宙ビジネスを創出する。法律家はクリエイター

大貫 一般の方は、宇宙旅行のような新しいことは今の法律ではできないんじゃないの、といったところにも興味があると思います。
小塚

もちろん新しいことをしようとするにはいろいろな法律問題が出てきますので、広い意味では宇宙ビジネス法の話と言えるのですが、面白いことにその大半は宇宙法ではないんですね。たとえば宇宙旅行のパックツアーに行くのは飛行機での旅行と同じ、普通の契約の延長線上にあるものです。

なので、宇宙ビジネスが非常に広がってきたことによって、宇宙固有の問題以外の法律問題がたくさん出てきている。これが面白いところだと思うのです。私はもともと会社法や商法が専門で、宇宙ビジネスを可能にするためにどう法律を使っていけるかというのが、今の宇宙ビジネス法の本体です。大きな応用可能性があると思います。

大貫 宇宙資産議定書の件のように、ビジネスの側がどんどん変わっていく状況でもあります。
小塚

今の宇宙ビジネスは、アメリカ人がよく言うワイルドウェスト(西部開拓)、フロンティアの時代です。新しい宇宙ビジネスに対して、それをなにか規制したい、禁止したいということが出てくれば法律や条約が必要になりますが、今はまだルールを作って交通整理する段階ではないという感じですね。

宇宙ステーションのような国際共同プロジェクトの場合、国家同士なら条約が必要になりますが、民間同士であれば契約を結べばできます。そこは法律家、弁護士の仕事が大きく広がっているところなのですね。新しいビジネスを実現するために、誰がどんな役割を果たして、どんな責任を持って、どうやって資金を集め、儲かったら誰が利益を得るのか。こういうことを全部契約で書いて実現していくのが法律家の重要な役割です。

ロケット模型

小塚教授

大貫 日本では法律家というと、トラブルや裁判の時に頼る人というイメージがあります。
小塚 日本ではそうなのですよね。それも大事な仕事ですけれども、ビジネスにおける法律家はクリエイターなのですよ。宇宙ビジネスでは宇宙条約とかいろいろ面倒なルールがありますが、それをどうクリアしていくか。クリエイターからすると、それが面白いところですね。それをわかって欲しいという思いで、宇宙ビジネス法のことを研究しています。
大貫 これから宇宙ビジネスはどのように発展していきますか。
小塚

ひとつは、国際的に広がっていきます。現在、人工衛星を持っている国は数十か国あり、今後ますます増えていきます。そうなると一国ではなく複数の国で、また国家間ではなく企業間の国際プロジェクトになっていくことは不可避ですね。

もうひとつは、ITやAIといったデジタル技術との連続性。人工衛星の多くは無人なので、宇宙活動とデジタルは非常に親和性がある。この2つの方向で宇宙ビジネスはどんどん変貌していくだろうし、それに伴って宇宙ビジネス法の守備範囲もまだまだ広がっていくと思います

Profile

小塚 荘一郎


SOUICHIROU KOZUKA

1992年、東京大学法学部卒業。同大学助手、上智大学教授などを経て、2010年から学習院大学法学部教授。専門分野は、商法を中心に、宇宙法、AIと法、国際的な法のハーモナイゼーションなどを幅広く研究する。著書として、『フランチャイズ契約論』(有斐閣、2006年)、『宇宙ビジネスのための宇宙法入門[第2版]』(共編著、有斐閣、2018年)、『支払決済法[第3版]』(共著、商事法務、2018年)など。2019年から国際電気通信衛星機構(ITSO)の仲裁裁判所裁判長団構成員となり、議長を務める。

小塚 荘一郎

大貫 剛


TSUYOSHI OHNUKI(聞き手・ライター)

1996年、早稲田大学理工学部卒業。東京都庁に勤務後独立、2014年より宇宙開発を中心に科学ライターとして活動している。主にマイナビニュースのニュース記事執筆、月刊Jウィングス(イカロス出版)連載のほか、著書として『「はやぶさ2」打ち上げをもっと楽しむために 日の丸ロケット進化論』(共著、2014年、マイナビ出版)、『完全図解 人工衛星のしくみ事典 ~「はやぶさ2」「ひまわり」「だいち」etc..の仕事がわかる!』(共著、2014年、マイナビ出版)など。

大貫 剛