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ChatGPTに経済数学を教える

白田由香利教授 2024.08.05 経済学部経営学科

ChatGPTに経済数学を教えていると、『人類はこんな風に数学を学んできたのだな』と理解できる気がします」。経済学部経営学科 白田由香利教授は、自身の研究テーマをそう語る。最先端の生成AI技術をいち早く研究に取り入れ、インド企業の経営分析なども行う白田教授に「生成AIの頭の中」を知ることの意義について話を聞いた。


ChatGPTに経済数学を教えると
人間と同じようなミスをする

写真

― 白田先生の研究内容について教えてください。

生成AIChatGPTに経済数学、経営数学、金融数学などを教えています。

例えば、「この条件で債券価格はいくらになりますか?」と文章題を与えると、現在のChatGPTはほぼ完璧に解いてくれます。ではこのときChatGPTは「頭の中」でどのように論理を組み立て、解に至っているのか。この方法を演繹推論と言いますが、私の研究はChatGPTの演繹推論の過程を図的にグラフで表現させるものです。

― ChatGPTに経済数学を教える研究の目的はどこにあるのでしょうか。

研究目的は大きく2つあります。

ひとつは、生成AIを相手に学ぶことで人間教師の指導スキルを向上させること。

ChatGPTに問題を解かせると、面白いことに人間と似たような間違い方をするんですね。使った公式が適切でなかったり、文章の読解ミスだったり。学生が「早く帰りたいから適当に答えてしまおう」と考えてミスするように、生成AIも真面目に演繹推論に取り組まずに「それらしい答えを出す」ことが実は多々あるのです。

生成AIに正しく問題を解かせるためには、テクニックと忍耐が必要です。そこをきちんと演繹推論させることが、人間教師の腕のみせどころです。

「生成AIの頭の中」を図やグラフで表示すると、どこでどのように間違ったのか、どんな間違い方のパターンがあるのかが明らかになります。将来的にはインターンや教育実習生が、生成AIを相手にトレーニングを積み、数学教育力を向上させる。そのような教師力養成システムを構築することが研究の目的のひとつです。実際、私は毎日のように生成AIに数学を解かせていますが、自身の忍耐力が向上していることを実感しています(笑)。

研究目的の2つめは、大学の経営数学の高品質な演習問題を自動生成で量産することです。大学の数学は、中学・高校の数学教材に比べると、演習問題が極端に少ないという課題が昔からありました。ChatGPTに指示を与え、人間の代わりに自動生成で問題を量産できるようになれば、人間の教師の負担もぐっと減らせるようになるはずです。

すでに、2023年度からの私の経営数学の講義では、生成AIに描画させた演繹推論過程グラフを教材としてクラスで配布しています。


インドで聖なるミルクを飲んだ瞬間
ChatGPT活用のアイデアが閃いた

― ChatGPTが世に出たのは2022年末。そこから約1年でご自身の専門分野に応用し、成果をあげていらっしゃることに驚かされます。

私が研究者として現役のうちに生成AIが間に合ってくれて幸運でした。経営数学教育用の教材開発はずっと続けていましたが、非常に人手とコストがかかる。これをなんとか省力化できないかというのが長年の悩みでした。

とは言え、ChatGPTを使っても最初のうちはまったく思うようにいきませんでしたね。転機となったのは2023年の夏、南インドのマダナパレ大学を訪れたときでした。

大学での講義を終えた後、寺院の農場で牛のミルクを飲ませていただいたんですね。インドで牛は聖なる動物です。「甘くて美味しいなあ」と思ったその瞬間、「"graphviz"と指示すればChatGPTは複雑な問題をグラフィックで表現してくれるのでは?」とはっと閃きました。

大学に戻ってすぐに試してみたところ、そこから一気に研究が進みました。インドの牛さんパワーのおかげですね。普段の環境から離れて外国や地方を訪れ、刺激を受けることは、気分転換になるだけでなく新しい発想にもつながります。

― 2006年には長期研修制度でオックスフォード大学にも行かれていますね。

オックスフォード大学での経験も私の研究生活における大きな糧となりました。世界的な古楽器の権威であるヘレン・ラ・ルー先生のご指導のもと、楽器のためのマルチメディアデータベースシステム構築をお手伝いしました。

当時、同大で知り合ったIT教育の専門家であるパメラ・スタンワース先生とは現在も交流を続けています。2023年の春には京都嵐山で再会を果たし、桜を愛でつつ生成AIについて討論を重ねたこともよい思い出です。

― 海外といえば、インドやインドネシアなど海外の企業分析もされているそうですね。

インドの企業分析に関するポスター

ええ、「AI手法による企業分析」も私の専門分野のひとつです。4年前からインドの研究者との共同研究で、同国のIT企業や自動車製造業の分析を行っています。その関係で、インドのシリコンバレーと呼ばれるIT産業の中心地バンガロールを度々訪れています。

過去にバンガロール近くの大学でMBAコースの学生相手に講義をしたところ、非常に好評だったようで2度目の講義の際には「おお、Professor Shirotaが来た!」と歓声が上がるほどの大騒ぎになって面白かったですね。同行した院生が「先生、大人気ですね!」と驚いていました(笑)。

私は「教える」という行為に情熱を持っていますから、学生に喜んでもらえると心の底から嬉しい。最新のAI分析手法をどうすればわかりやすく伝えられるかを常に考えていますし、研究のオリジナリティにも真剣にこだわっています。「他人がやっていないことをやってみたい。これをコンピュータにやらせられないだろうか?」ということは学部生の頃から考えてきました。

生成AIはいずれ人類を抜く
それでも教師役は人間がすべき

― 理数系への興味は昔からずっとありましたか。

数学はずっと好きでしたね。学習院女子中・高等科で中高時代を過ごし、物理学を学びたかったので学習院大学理学部に進学しました。当時は情報工学科の設立がようやく始まった頃で、日本で情報処理の知識を持つ人はまだまだ少なかった。秋葉原の電気街に通って手作りマイコンやマイコン制御ロボットを製作するなどして、いち早くハード・ソフトの両面で情報処理の研究開発を実践してきました。

製作中にバッテリーから火花が飛んで火事になりかけたこともありましたね。でもちょっとくらいの傷や怪我ならば、若いうちにどんどんすべき。技術者になって大事故が起きて死者が出てからでは遅すぎます。それに、何よりも大前提として、機械にはさまざまなバグが起こり得るものだから絶対的に信頼してはならないと学べたことが、学生時代の大きな収穫でした。

白田由香利『素晴らしいマイコンの世界』(1981.6, 電波新聞社)白田教授が学習院大学在学中に出版された

―  物理学科も秋葉原も、当時は今以上に女子学生は少数派だったのでは?

女子学生では本当に珍しかったようです。母親は「そんなことをやっていたらお嫁に行けなくなる」と言っていましたが、まったく気にせず無視していました(笑)。私の頭の中はSF的想像で当時からいっぱいでしたから。

SF小説も10代の頃からずっと好きなもののひとつです。神林長平のSF小説を読めば、AIがどのようなものかが何十年も前から正しく予測されていたことがわかります。

ChatGPTに教えていると、「人類はこんな風に数学を学んできたのだな」という感じがわかるんですよ。遠くない未来、人類の頭脳は生成AIに追い抜かれるでしょう。数学の問題をどんどんインプットして大規模言語モデルならぬ大規模数学モデルを学ばせ続ければ、人類がここまでの歴史で解いてきた数学的問題はすべて生成AIが高速で解けるようになるはずです。

それでもなお、「教師は人間がやったほうがいい」というのが私の考えです。

例えば、問題を前に苦戦する学生がいたとき、その学生を観察して「朝食抜きで集中できないのでは」「サッカーの勝ち点で説明すると興味を持つかも?」と想像しながら、理解のためのベストな教え方を創意工夫できる力は、人間のほうが生成AIよりも格段に優れています。

教育の低コスト化を図り、低コストでそこそこの結果を求めるのであれば生成AIの活用もありでしょう。ただ、コストはかかってもよいので少人数教育で優れた効率的教育環境を目指すのであれば、人間教師のほうが優れています。

私自身、数学を教えることが大好きで「生成AIにこの仕事を奪われたくない」という気持ちもあるのですが、総じて「人間は人間に数学を教えてもらう」ほうがよいのではないかと考えています。

それに、「高校まで数学はずっと苦手だった」と苦虫を噛み潰したような顔でいた学生が、「外国債券のこんな難しい計算が自分でできるようになるなんて! 数学が楽しくなってきた」と笑顔で語る姿を見るのは、教師として代えがたい喜びですから。

優秀な課題を提出した学生には白田教授からノートが贈られる

― 生成AI技術の可否や見極めは、業界や職種を問わず今後は誰しも避けて通れない課題です。

生成AIが役立つ技術であることは間違いありません。だからこそ、学生のうちから理解を深め、どんどん使ってほしいと思っています。社会人になってから仕事で使いこなそうと思っても、データ漏洩などセキュリティ面での懸念から難しいことも多い。だからこそ、何の制約もない学生のうちから、しっかりと学んでほしいと思います。

「学習院大学でChatGPTの研究をしている」と自己紹介をすると「意外な感じがします」と言われる場面もありますが、学習院は時代の最先端を積極的に取り入れてきた大学でもあります。1885年に学習院の教頭職に就かれた嘉納治五郎先生は、政治学と理財学を英語と日本語の両方で教えていらしたそうですから。

新しいものを柔軟に取り入れていけるこの環境で、学生も私自身も今後さらに学びを深めていけたらと思っています。


Profile

白田 由香利


YUKARI SHIROTA

1981年、学習院大学理学部物理学科卒業。1989年、東京大学大学院理学系研究科情報科学専門課程博士課程修了。理学博士。企業にて約10年の研究生活の後、2001年、学習院大学経済学部助教授を経て同学部教授。20062007年、英オックスフォード大学客員研究員。情報処理学会フェロー。研究分野はAIによる企業経営情報分析、ChatGPTに経済数学を教える、数学の視覚的教授法、インドなどの州別SDGs達成度分析など。

岩田 耕一