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多様性は組織の資産になる。新時代のリーダー像を探る

金 素延 教授 2026.03.03 国際社会科学部国際社会科学科

多様性が加速する現代において、組織を導くリーダーには何が求められるのか。韓国の高麗大学で数学を、大学院で経営学を学んだ後、現在は国際社会科学部で組織におけるリーダーシップや人的資源管理を研究する金素延教授。「多様性はリスクではなく資産」と語る金教授に、これまでの研究の歩みを聞いた。


多様性が組織の
資産に変わる時代へ

― 金先生の研究内容について教えてください。

専門分野は「経営学」であり、組織行動および人的資源管理におけるリーダーシップを研究しています。リーダーシップ、とりわけリーダーの行動が人や組織にどのような影響を与えるのかに焦点を当てた研究に取り組んでいます。

中でも、近年力を入れているのはインクルーシブ・リーダーシップ(Inclusive Leadership)です。

現代社会においては、多様性を尊重し、多様性を通じて新たな価値を創出することが非常に重要な課題となっています。性別、年齢、国籍、文化など、さまざまな背景を持つ人々が共に学び、共に働く環境は、もはや特別な風景ではありません。韓国で生まれ育った私が学習院大学で教えていることも、その一例と言えるでしょう。

しかし、多様性は常に前向きに受け止められるとは限りません。異なる背景を持つ人々と働く過程では、ときに違和感や葛藤、不便が生じることもあります。その結果、背景や価値観が異なる人々と「できれば一緒に働きたくない」と考える人もいるかもしれません。

このような状況では、私は組織や社会の価値観の転換が急務であると考えています。異なる人々を排除するのではなく、それぞれの強みを活かしながら、共に成長できるような仕組みや組織をつくるにはどうすればいいか? おそらく最も重要なことは組織を導くリーダーの行動だろう、という考えに至りました。

― つまり、リーダーがインクルーシブ(包摂的)であるかどうかが組織運営の鍵になる?

そのとおりです。リーダーは部下にとって価値観や行動のロールモデルとなる重要な存在です。リーダーの役割やスタイルが多様性を活かす方向に変われば、メンバーもその影響を受けて変化し、組織全体に波及していくでしょう。

「多様性」は本来ならば大きな可能性を秘めた資源です。にもかかわらず、形式だけ尊重されたり、リスクとして扱われたりする場合も少なくありません。そうではなく、多様性を組織のイノベーションや成果を生み出すための資産として捉え、戦略的に活用するという視点が、これからの組織づくりに欠かせません。そして、その実現に重要な役割を果たすのがインクルーシブ・リーダーシップなのです。

かつてはリーダーといえば、カリスマ性や突き抜けた強さが求められました。しかしながらこれからの時代は、異なる背景や意見を尊重しながら、それらを意志決定に反映できる姿勢が重要になると考えています。こうした意味で、インクルーシブ・リーダーシップの重要性がますます高まっていくでしょう。

新時代のリーダー像は
カリスマではない?

―具体的にどのような研究方法をとられているのでしょうか。

主にアンケート調査のデータを用いた実証研究を行っています。実際に企業や組織で働く人々の経験や認識をデータとして収集し、統計分析を通じて、リーダーの行動が信頼、協力、そして組織成果へとつながるプロセスを科学的に検証しています。

最近は「リーダーの謙虚さ(Leader Humility)」という行動に着目した研究を行いました。この研究では、リーダーの謙虚さを単なる性格特性としてではなく、組織における対人関係の中で他者への愛や尊重が具体的な行動として現れたものだと捉えています。

特に、日本社会の中核的な文化的価値である「和」や「思いやり」と結びつけながら、謙虚なリーダーシップがどのように組織を前向きに変化させるのかを分析しました。

具体的には、日本の企業で働く392名を対象に、期間を置いて複数回の質問紙調査を行いました。その分析から、リーダーの謙虚な行動は、社員が自身の職務範囲を超えて組織のために自発的に貢献しようとする行動、いわゆる組織市民行動(Organizational Citizenship Behavior)を高めることが明らかになりました。

さらに、この関係性は、信頼や協力的な組織文化を通じて強化されることも示されました。本研究は強くカリスマ的なリーダーが有効であるという従来のリーダー像を超えて、人を尊重し、思いやるリーダーの行動が、実際に個人と組織を動かす力になることを実証的に示しています。

私は2014年から日本で暮らすようになりましたが、そこからの12年間だけを見ても日本の企業内における女性管理職の数は少ないながら着実に増加しています。企業の管理職に就いている女性の割合は韓国の方がやや高いですが、コロナ禍をきっかけに各企業の働き方が変わり、本気で組織改革に取り組んだ日本企業が増えてきました。こうした変化を踏まえると、本研究の成果は、現在変化が進む日本の社会および組織環境においても、より意味があり、有効な示唆を与えられるものになると考えています。

―金先生から見て、韓国と日本を比較するとどのような違いを感じますか。

「変化」に対する姿勢が対照的だと感じますね。韓国では、変化することを肯定的に捉える傾向があります。時代の流れに乗り遅れないために今の状況を変えなければならないのなら、急激な変化や改革であっても受け入れられるべきだという考え方が強いと思います。そして、その変化こそが成果を生み出す、という社会的な認識があります。

対して、日本ではそのような急激な変化はまず認められません。少しずつ改善しながら変化していく形の方が、日本では望ましいとされます。日本で各界の女性リーダーが少ないのも、女性がリーダーとして振る舞う姿が一般化されておらず、社会的な規範として定着していないため、その変化に不安を感じる人が多くいることも影響しているように思います。ただ、有能な女性を積極的に登用し、女性の同僚や上司と働くことが当たり前の風景になれば、自然に受け入れられ、慣れていくのではないでしょうか。その変化には多少時間がかかるかもしれませんが。

また、インクルーシブ・リーダーシップと同様に私が強く関心を寄せているテーマに、「起業家精神」があります。起業家精神とは単にビジネスを立ち上げるという意味だけではなく、自分が社会にどのように貢献できるかを考え、新しいアイデアを実現していくことです。新しい価値を生み出し、それを通じて社会に貢献していくことが、経営の本質だと考えています。新しいビジネス、産業を創り出す担い手という意味でも、若者の役割は非常に大きいです。

一方、韓国と日本の共通点ですが、多くの若者は大学卒業後、大企業への就職を目指します。そのため、起業を志しても親や周囲から反対されて諦める人が少なくありません。そうした状況で重要なのは、教育です。教育を通じて起業に対する認識を変え、起業家精神を育成していくことが大切だと考えています。個人あるいはチームでアイデアを生み出し、それを実現していく力や、それによって社会に貢献していくことの大切さを育てていきたいと思っています。起業家精神はリーダーシップとも深く関連していますから、その意味でも今後は起業家精神に関する研究や教育にも力を入れていくつもりです。

―起業家精神と聞くとアメリカが強い印象を受けます。

個人主義が強いアメリカやヨーロッパでは、「自分がやりたいことをやる」という価値観が社会に根付いています。「起業なんてだめ!」と止める親も少ないため、本人がやりたいと思えば周囲をあまり気にせずに挑戦できる人の割合が多い文化ですよね。

欧米以外でもアフリカの一部地域では、自営業が生計を立てるための重要な選択肢とされているため、子どもが親から起業を勧められることも少なくありません。

対して、日本では「和」や集団を大切にすることを学校教育で学ぶため、いきなり起業に踏み出すことには抵抗を感じる人が多い。新卒一括採用という仕組みも影響していますが、ほとんどの同級生が企業に就職する中で自分だけが違う道を選ぶのはやはりためらわれるのでしょう。

ただ、これは多様性とも地続きの話なのですが、本来は就職でも起業でもそれ以外でも、さまざまな選択肢があっていいはずです。若いうちなのだから、失敗しても、挑戦してもいい。それなのに、安定したキャリアを求める若者が圧倒的多数派です。他の選択肢があるにもかかわらず、それを選ぶ人が少ないという状況は、多様なキャリア形成を阻み、結果として社会の多様性を広げにくくしている要因の一つになっていると感じています。

―同じ選択でも、所属する文化によって捉えられ方が真逆になることがあるのですね。

同じように、有効なリーダーシップのあり方も環境や文化によって異なります。競争や成果が重視される環境ではカリスマ的リーダーシップが有効な場合もありますが、公平性や人間尊重が重視される環境では、倫理的リーダーシップやサーバント・リーダーシップ(部下への奉仕を起点に信頼関係を築き、共に成長を目指す支援型リーダーシップ)の方がより機能することもあります。

このように、経営学、特に人や組織を対象とする研究では、絶対的な正解が存在するわけではありません。それを前提にした上で、異なる環境や、そこで育ってきた人々への深い理解に基づいて研究を進め、最適解を探っていくことが重要です。

ただ、研究結果は決して普遍的ではないという点こそが、私にとってはまさに研究の最も面白い部分でもあります。コンテクストが異なれば、同じ現象であっても捉え方や原因、結果が変わります。近年、起業や起業家精神に対する学術的関心が高まっていますが、起業に対する認識もまた、社会ごとに大きく異なります。しかし、答えがない、わからない道であっても、一歩を踏み出してチャレンジする起業家精神を持つことは、どのような社会においても大切だと考えています。

数学から経営学へ
専攻を変えた理由

― 金先生が来日するまでの経緯についても教えてください。

私の出身は韓国で、高麗大学の理学部で数学を専攻しました。論理的に考え、問題を解決していく数学の過程が、10代の私にとっては非常に魅力的だったんですね。でも、高校時代と比べると背景が異なる多様な人々が集う大学のキャンパスで過ごすうちに、同じ環境に置かれていても、人によって物事の捉え方や行動が大きく異なることに次第に強い関心を抱くようになりました。

「数字の背後にある行動や選択は何によって決まるのだろう」「人はなぜそのように行動するのか」「組織と人はどのような関係にあるのか」......そのような問いの広がりが経営学への関心に結びつき、大学院では経営学を専攻しました。人の行動や組織との関係性を理論と実証の両面から捉える人的資源管理に強く惹かれ、リーダーシップ研究へと研究の軸を移していきました。

その後、アメリカで開催された国際学術大会で知り合った日本の大学の先生から、講師募集の情報をいただきました。応募したところ、幸いに特任講師として採用されることになり、それが来日のきっかけになりました。

―海外で研究したいという気持ちは当時からお持ちだったのですか。

海外で活躍してみたいという気持ちは昔からずっとありました。研究者としてのキャリアのためにも、生まれ育った場所ではない国で学べることは絶好の機会になると思いましたし、韓日であればさまざまな協力ができるはずですから。

日本に来てから、最初の数年間は、日本語がまったく話せませんでした。ただ、最初は大学院生を対象に英語で教える授業だったため仕事上では特に不便がなかったんですね。でもせっかく日本にいるのだから、日本人の学生にも自分の専門分野をしっかり伝えたいと思うようになり、そこからようやく本格的に日本語を学び始めました。独学で日本語を勉強してきたので、まだまだ十分とは言えませんが、少しずつ上達できるよう努めています。

日本で日々研究や教育に向き合う中で、日本の社会においても韓国と同様に、人材育成や開発が重要な社会的課題として強調されている状況を目にしました。その中で、「組織の主な役割とは、結局のところ人を成長させ、主体的に動けるようにすることなのではないか」という思いをより強く抱くようになりました。そこから、日本ならびにグローバルな環境においても、人を成長させる組織のあり方や、人の可能性を引き出すリーダーについて研究を続けていきたいという考えが次第に固まり、現在の研究へとつながっています。

人の成長を信じるからこそ、
組織は環境を整える

― では、金先生にとって研究の醍醐味はどんなところにありますか。

私にとって研究の最大の魅力は、何もないところから新しい知識を生み出していく過程にあります。ひとつの問いから出発し、理論を検討し、仮説を立て、データを通じて検証しながら結果を導き出していく。これらの一連のプロセスは、まるで謎解きをするかのように、これまで見えなかった構造や原理を明らかにしていく作業でもあります。

何が原因で、なぜそのような現象が起きているのかを理解し、さらに現実社会に応用可能な示唆を提示できたときに、研究の醍醐味を強く感じます。

最近はAIの発展によって人間の能力の限界を指摘する見方も広がっていますが、私は、人は代替不可能な存在であり、無限の成長可能性を持っていると信じています。だからこそ重要なのは、個人が成長できる組織や環境を整えることです。多様な人々が自らの能力を最大限に発揮できる組織が増えれば、社会はより健全になり、個人の人生の満足度やウェルビーイングも高まっていくでしょう。

多様な人々がそれぞれの個性や能力を活かしながら、協働できる組織環境や組織構造を構築すること。そして、健全な組織づくりを通じて、ウェルビーイング社会の実現を目指すこと。こうした前向きな取り組みが組織から社会へと広がり、組織と社会の双方にポジティブな変化をもたらせるように貢献できる研究を行うことが、私の研究ヴィジョンです。

Profile

金 素延


KIM SOYEON

学習院大学国際社会科学部教授。専門は組織行動、人的資源管理、ダイバーシティなど。高麗大学理学部数学科、高麗大学校経営学科大学院国際経営専攻 修・博士統合課程 修了 2014年、韓国より来日。近年は東アジアにおける効果的なリーダーシップや、女性リーダーシップとそのメカニズムを解明することを主な研究課題とする。