【研究成果】群体性ボルボックス目緑藻精子束は速く泳ぐ ―プランクトン性藻類の有性生殖における鞭毛運動の意義を明らかに―
2024.09.09
群体性ボルボックス目緑藻精子束は速く泳ぐ
―プランクトン性藻類の有性生殖における鞭毛運動の意義を明らかに―
ポイント
- 群体性ボルボックス目緑藻の精子束は精子が集まってメスに接近しますが、この精子束が通常の群体より速いことを初めて明らかにしました。
- Pleodorina starrii精子束の遊泳を定量化し、精子束は無性群体よりも平均で約4倍速く泳ぐことを明らかにしました。
- 精子束と無性群体の鞭毛波形はともに非対称でしたが、鞭毛の分布に顕著な違いが見られました。
- 精子束と単体精子の鞭毛において、対称波形と非対称波形の切り替えメカニズムの存在を示唆しました。
研究の概要
室蘭工業大学大学院工学研究科しくみ解明系領域の鹿毛あずさ助教(研究当時:学習院大学理学部物理学科助教)、学習院大学理学部物理学科の西坂崇之教授らからなる研究グループは、群体性ボルボックス目緑藻Pleodorina starrii(プレオドリナ)のオス株において、有性生殖の際に放出される精子束※1の遊泳特性と鞭毛運動の特性を初めて定量的に明らかにしました。精子束は無性群体※2よりも平均で約1.4倍速く泳ぎ、精子束と無性群体とでは鞭毛の分布に顕著な違いがあることが明らかになりました。また精子束と無性群体は非対称な鞭毛波形(曲がりが1方向)を示しましたが、精子束が分解した後の単体精子は対称波形(曲がりが2方向)を示し、鞭毛波形のスイッチングのメカニズムがあることが示唆されました。これらの発見は、プランクトン性の微細藻類の有性生殖における鞭毛運動の役割を理解する上で重要な知見を提供します。
本研究成果は2024年7月18日に国際学術誌「PLOS ONE」に掲載されました。
研究の背景
真核生物鞭毛・繊毛※3は細胞から突き出た毛のような細胞小器官で、微細藻類や繊毛虫から哺乳類までその構造は高度に保存されています。鞭毛・繊毛の機能を解き明かすことは基礎生物学的に重要なだけでなく、微小スケールでの運動制御などの応用につながる可能性があります。
ボルボックス目緑藻は、単細胞のクラミドモナス、4細胞のシアワセモから数千細胞のボルボックスに至る多様性を持ったプランクトン性の微細藻類であり、無性生殖と有性生殖の両方を行います。特に32-64細胞のPleodorina starriiはオス・メス・両性型の3つの性を持ち(図1)、性の進化を研究する上で重要な生物です。本研究は、Pleodorina starriiのオス株に焦点を当て、精子束と無性群体の遊泳能力と鞭毛運動を比較することで、有性生殖における鞭毛運動の役割を明らかにすることを目的としました。
図1: Pleodorina starrii(以下、P. starrii) の生活環と光学顕微鏡写真。(A) P. starrii の生活環。本種の細胞群体は32-64の細胞から成り、体細胞と生殖細胞が形態的に分化している。本種はオス、メス、両性型の3つの性別を持ち、窒素飢餓による性誘導でオスではオス群体、メスではメス群体、両性型ではオス、メス両方の群体が生じる。オス群体は生殖細胞がオス配偶子(精子)の集合体である精子束に分化し、メス群体ではメス配偶子に分化する。精子束は群体を飛び出してメス群体へと泳いでいき、分解して単一のオス配偶子となり、メス配偶子と接合する。(B-E) P. starrii の光学顕微鏡写真。(B) 無性群体。形態的に分化した体細胞 (s)と生殖細胞 (r) が確認できる。(C) オス群体と群体中に形成された精子束 (sp)。(D) 精子束。各オス配偶子から2本の鞭毛(矢印)が生えている。(E) 単一のオス配偶子と2本の鞭毛(矢頭)。
研究の内容
Pleodorina starriiのオス株を用い、無性群体、精子束、精子束が分解した後の単体精子について、光学顕微鏡を用いた画像記録を行いました。暗視野顕微鏡・位相差顕微鏡を用いて遊泳速度と鞭毛波形の解析、共焦点顕微鏡FV3000を用いて免疫蛍光染色による精子束と無性群体の鞭毛の分布の比較を行いました。
体長と遊泳速度を比較すると、精子束の体長は平均で無性群体の約半分であり、精子束は無性群体よりも平均で約1.4倍速く泳ぐことがわかりました(図2)。
鞭毛の分布を比較すると、無性群体の鞭毛は全体に分布しているのに対し、精子束の鞭毛は前方(遊泳方向)に密集して分布していることがわかりました。また、無性群体と精子束の鞭毛は非対称波形を示し、一方で単体精子の鞭毛は対称的波形を示しました(図3)。精子束と単体精子の鞭毛運動の違いから、鞭毛波形を切り替えるメカニズムが存在することが示唆されました。
図2: 精子束と無性群体の体長と遊泳速さの比較
図3: 無性群体、単体精子、精子束の鞭毛波形の比較
今後の展開
本研究で得られた知見は、プランクトン生活をする微細藻類の有性生殖における鞭毛運動の重要性を示しています。今後の研究では、鞭毛波形を制御する分子メカニズムの解明が期待されます。また、異なる生殖様式をとる他の藻類との比較研究を行うことで、進化的観点からの鞭毛運動の理解がさらに深まると期待されます。
発表者
鹿毛 あずさ | 室蘭工業大学大学院工学研究科しくみ解明系領域 研究当時:学習院大学理学部物理学科 |
助教 助教 |
高橋 昂平 | マックスプランク生物学研究所
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 研究当時:東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 |
海外特別研究員
客員共同研究員 大学院生・特任研究員 |
野崎 久義 |
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 |
客員共同研究員 |
東山 哲也 |
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 |
教授 |
馬場 昭次 |
お茶の水女子大学 |
名誉教授 |
西坂 崇之 |
学習院大学理学部物理学科 |
教授 |
論文情報
論文名:Swimming ability and flagellar motility of sperm packets of the volvocine green alga Pleodorina starrii
雑誌名:PLOS ONE
著者名:Azusa Kage, Kohei Takahashi, Hisayoshi Nozaki, Tetsuya Higashiyama, Shoji A. Baba, Takayuki Nishizaka
DOI:10.1371/journal.pone.0287561
研究助成
本研究成果は、令和元年度私立学校教育研究装置等施設整備費により設置された共焦点顕微鏡オリンパスFV3000を活用して得られたものです。本研究成果は科学研究費助成事業(21K20661および22H05689, 研究代表者:鹿毛あずさ)の助成を受け、学習院大学国際論文助成事業より掲載費の助成を受けています。
用語解説
※1 精子束
多数の精子が束になった構造で、ユードリナ、プレオドリナ、ボルボックスなど比較的大型の群体性ボルボックス目緑藻が有性生殖の際に放出します。精子束は泳いで雌群体に近接し、束が分解した後に受精します。
※2 無性群体
慣例的に群体という言葉を使っていますが、多細胞の個体です。群体性ボルボックス目緑藻の通常の培養条件下で見られる形態です。
※3 真核生物鞭毛・繊毛
細い毛のような細胞小器官で、運動や感覚受容に関与します。